金沢地方裁判所 昭和24年(ワ)17号・昭24年(ワ)27号 判決
第一七号原告 森花子
第二七号原告 山田吉雄
被告 山田吉雄 外二名
被告 森花子 (いずれも仮名)
一、主 文
山田吉雄は森花子に対し金六万円を支拂はねばならない。
山田吉雄の昭和二十四年(ワ)第二十七号事件に於ての森花子に対する請求は之を棄却する。
森花子の昭和二十四年(ワ)第十七号に於ての山田吉雄に対する請求中第一項掲記を超ゆる部分竝に山田重吉及山田つゑに対する各請求は何れも之を棄却する。
訴訟費用は併合事件全部を通して二分し其の一を森花子の負担とし其の余を山田吉雄の負担とする。
二、事 実
請求趣旨
昭和二十四年(ワ)第一七号事件に付森花子訴訟代理人は被告(山田吉雄同重吉同つゑ)等は連帶して原告(森花子)に対し金三十三万円を支拂うべきである訴訟費用は被告等の連帶負担とするとの判決を求め被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、
昭和二十四年(ワ)第二十七号事件に付山田吉雄訴訟代理人は被告(森花子)は原告山田吉雄に対し金三十五万円を支拂うべきである、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めた。
請求原因及答弁
森花子訴訟代理人が昭和二十四年(ワ)第一七号事件の請求原因及同年(ワ)第二七号事件の答弁として陳述する要旨は次の通りである。森花子は訴外本清正等の媒介で原告重吉と山田つゑの長男である山田吉雄と婚約し、昭和二十三年三月二十一日結婚式を挙げ円満な事実上の夫婦生活を営んで居たところ、同年十一月十七日実家の報恩講に帰り一泊して山田家に赴こうとして居たとき山田から家風に合わぬ嫁故帰るに及ばぬとの事で驚いて其の理由を尋ねたところ、(イ)花子は山田家の家風に合わず、(ロ)夫である山田吉雄に対して不親切である、(ハ)客の應待が下手であると謂う様な不当な理由を述べた。森花子の方では右は山田の誤解であることを述べ、山田吉雄及両親の反省を求めると共に復縁を懇願したが頑として應じない。
大体山田家の居村である川北村は封建思想強く嫁が気に入らぬとき口実を設けて離婚することを何とも思わぬ惡風があり、然も山田重吉及同つゑは両親として子の暴挙をたしなめるべき立場にあり乍ら却つて吉雄を教唆して離婚をさせて居る次第である。森花子の方で山田吉雄を侮辱したと謂つて慰藉料等を請求して居るけれども侮辱の事実は全然捏造である。却つて森の方から結婚式後数回に亘つて正式の婚姻届の提出方を求めて居るにも拘らず之に應ぜず奴隷的に酷使して婚姻破棄の口実をさがして居たものである。婚姻式当夜に付いての山田の主張は否認する。其の他山田側の主張は総べて事実に相違して居る。小松製作所勤務中の恋人があつたと山田に話したことなく、只戰時徴用中男女事務員が旅行したことを話したのみであり、又山田吉雄の弟に與えた高山植物の「しおり」は女学校時代の女友達から旅行土産に貰つたもので其の旨話して與えたものである。川北小学校運動会に関する主張も事実と異つて居り森花子は山田つゑの諒解を得て居り、山田吉雄が長野縣から帰宅の時同人を虐待したとの主張も否認する却つて吉雄の方で森花子を冷遇して居るのである。之れを要するに山田吉雄及其の父母は共謀して森花子を酷使虐待し、遂に婚約を破棄したもので此の爲同人に生じた物質上、精神上の苦痛に対し損害の賠償及慰藉料の支拂の義務があると謂わねばならない。而して森花子は訴外森正治の二女で小松実科女学校を卒業して居り、山田家の財産は不動産の價格合計百六万二千五百円、動産の價格合計百五万円、農業に依り年所得約三十万七千余円(昭和二十三年度)であり、花子の実家である森家の財産は不動産約九十七万円、動産約三十九万円、農業に依る年所得約二十万余円(昭和二十三年度)であつて本件結婚式の費用として森花子は酒代八千円、料理代一万四千円、親類披露其の他の費用八千円合計三万円を費消して居る。
以上の諸事実を綜合して山田等三名は連帶して森花子に対し結婚式費用三万円を賠償すると共に精神的苦痛の慰藉料として金三十万円を支拂うべき義務があると謂うべきである。
山田三名訴訟代理人が昭和二十四年(ワ)第一七号事件の答弁及昭和二十四年(ワ)第二七号事件の請求原因として主張した事実の要旨は次の通りである。
森花子は訴外森正治の二女で、小松実科女学校を卒業して居ること、山田吉雄は山田重吉同つゑの長男であること、花子と吉雄とは昭和二十三年三月二十一日結婚式を挙げ事実上の夫婦生活を始めたこと、昭和二十三年十一月十七日森花子は実家の報恩講のため帰つて以來同棲生活を止め婚約は破談となつたことは何れも認める。然し破談となつたのは森花子が吉雄を侮辱したことに原因するもので吉雄に何の責任もなく特に山田重吉や同つゑは全く関係のないことである。
森花子は結婚式の当夜の夫婦の営みに際し、処女膜から何等の出血がなく女性としての純潔に疑問を持つたが、同棲生活後多弁であり高慢であつて近隣の人からはカフエーの女給をして居た者の様に考えられて居た。同棲後一週間して花子は寝物語に吉雄に対して「自分は小松製作所に働いて居たとき寺井の人を恋人に持つて居たことがある」と話し次いで同年四月頃実家に帰つて居るとき、雨の降る中を黒いマントを着た男が來て居たとか吉雄に話し、同年五月頃森花子は吉雄の弟重典に対し自分は男から高山植物の押葉をもらつて居るが君にやると言つて與えたことあり、同年九月頃稲刈をして居るとき花子は吉雄の從妹にあたる訴外山田芳子に対し草深(山田の居村)には一人もよい男が居ないとか云つて居り、夫たる吉雄を侮辱する態度が多かつた。更に吉雄が長野縣に出稼に行き留守中昭和二十三年十一月吉雄の母山田つゑより居村の川北小学校の運動会に行く諒解を得て家を出ながら花子は之を無視し実家の山上村小学校の運動会に行き居り、又吉雄が同月十三日約一ケ月の出稼から帰宅しても奧座敷に居る儘で出迎えもせず荷物等を受取りもしないで吉雄を蔑視した。
以上の様に花子の同棲以來の言動は総べて吉雄に重大な侮辱を加えたのであつて吉雄は一人悲憤懊惱して居たものである。從つて花子こそ吉雄に加えた精神的肉体的の苦痛に対し慰藉料として金三十万円又結婚式を挙げるに当り吉雄の負担した結納金一万円其の他の費用四万円を賠償すべきものである。山田家の資産は不動産約三十五万円、動産預金等約二十六万円であり農業に依る年收入(昭和二十三年度)は約二十二万四千円で結婚式に当り支出した費用は酒代一万円、料理代一万八千円、披露費其の他一万円、結納金一万円合計四万八千円である。他方森家の資産は不動産約五十二万六千円、動産及預金三十九万円で農業に依る年收入(昭和二十三年度)は約二十二万五千円であり結婚式に当り森の方で支出したものは酒代八千円、料理代一万四千円、披露費八千円合計三万円である。
<立証省略>
三、理 由
案ずるに山田吉雄と森花子との間に婚約が出來て昭和二十三年三月二十一日結婚式を挙げ事実上の夫婦として同棲生活をしたことは本件各当事者間に爭のない処で、証人本清正、同喜多彌三次の証言に徴すれば昭和二十三年十一月十七日森花子が御家の報恩講に参拜の爲帰つて居る際、山田吉雄より離別し度いから山田家に復帰しない様に申入れたので森花子及其の父訴外森正治は驚き結婚の媒酌をした前示証人等に依頼し、吉雄及其の両親等に復縁を懇請したけれども吉雄は遂に之れを拒絶し、婚姻は破談に終つたことを認めることが出來る。然し吉雄の両親である山田重吉及同つゑ等は積極的に吉雄に勧告したり又は相談して破談に至らしめたものではなく、右破談は全く吉雄一人の意志に基くものであることを認め得るのであつて、森花子の他の全証拠に依るも右重吉及つゑが本件の破談に付責任を負担することを要する様な事情関係を認めることが出來ないから森花子の右両名に対する昭和二十四年(ワ)第一七号事件の請求は爾余の爭点に付いて判断する迄もなく失当として棄却すべきものである。
仍て森花子と山田吉雄との事実上の婚姻生活に於て果して法律上の婚姻ををなし正式の夫婦生活を継続することを不可能とする様な重大な事由があつたか、右事由は何れの責任に帰すべきものであるかの本件主要な爭点に付審理を進める。乙第一号証(高山植物の押葉)と証人山田重典の証言に依れば同証人は山田吉雄の実弟であるが森花子は吉雄の同席せる処で重典に対し「此れは自分の戀人から貰つたものである」との趣旨の言葉と共に乙第一号証を與えたことを認定し得べく、又証人山田芳子同山田きんの各証言に依れば森花子は吉雄の親類である山田芳子と稻刈中同人に対し「草深(山田の居村)には色男は居ない」との趣旨を話した事実を認めることが出來る。又証人山田清政の証言と山田吉雄本人の供述に依れば森花子は吉雄に対し結婚前他の男と温泉に行きたることありて、其のときの模様を樂しい思い出として話したることを推測出來るのであつて尤も温泉に行きたる相手が自己の戀人只一人である様に話したのではなく数名の友人と共に行つた様に話したものと思われるけれども然し夫に対する妻の話として敬愛の情を表わしたものでなく、夫に或る程度の不快感を生ぜしめることを予期したか尠くも予期し得べき事情の下に話したと認めざるを得ないし、又右証拠に依れば森花子は吉雄に対して結婚前に寺井町に自分を恋する男があつたが結婚後も自分に会う爲か実家附近に來たことがあるとの趣旨のことも話したことがあると認められる。又山田吉雄本人の供述に依れば同人が長野縣方面に出稼に行き帰宅した際も森花子は妻として夫吉雄を迎える態度は冷淡であつて吉雄に失望感を與えたことを認めることが出來る。森花子本人の供述中右各認定事実に反する部分は信を措き難く又森花子代理人の申出た全証拠に依るも右認定を覆すことが出來ない。然し山田吉雄本人の供述其の他同人の訴訟代理人の提出した全証拠を綜合するも森花子が結婚当時既に処女でなかつたとの点は之を確認することが出來ない。
以上の認定事実に山田吉雄及山田重吉各本人の供述を綜合すると森花子は日本の女性としては多弁の方であり農村の一般女性としては淑かさに於て欠くるところがあり、新婚の夫に対して結婚前の異性との交遊に付いて軽卒に話すことが夫である吉雄に與える惡影響に付いて普通の女性が有する注意力を欠いて居たこと、吉雄は普通の男性より寧ろ寡言の方で感情の表現も少い方であるが新妻の愛情を求めて居たに拘らず、森花子は夫に対する敬愛の念に於て不十分な点があつて次第に吉雄に失望感を起して來たのであるが若し花子に夫婦として内面的愛情と結合とをきづきあげ様とする熱情があつたならば之に気付き得たのであるが、熱意に不足するところがあつたと認めざるを得ない。然し右認定の事実は未だ夫婦生活を継続するに付いて決定的の障害であり、吉雄が婚約を破棄する正当な事由と認めることは出來ない。蓋し夫婦の愛情は相互の努力と協力に依る長い実生活に於て次第に建設せらるるもので、小説にある様に一朝一夕で出來るのでないから一度び事実上の結婚生活を開始した以上婚約の破棄は当事者の一方、特に女性に対し重大な犠牲を強うる結果となることを考えて苦難多い人生の協力的生活に於て次第に敬愛の感情を育生しようとの熱情を以て努力を爲す義務を婚約者双方が互いに負うものである。吉雄も亦右熱情と努力を十分に盡さなかつたと謂わざるを得ない。從つて吉雄が花子に対し、同棲生活を拒否し婚約を破棄したのは詢に森花子の態度から見て同情すべき点があるけれども法律上森花子に生ずる精神的苦痛を慰藉すべき義務を免れるものと謂うことは出來ない。
而して証人山田重吉同森忠夫同森正治の各証言、山田吉雄本人の供述等を綜合すると花子の父正治も吉雄の父重吉も共に居村に於ては相当資産を有する農家であり、森の方は田約一町七反余を耕作し、年收二、三十万円(昭和二十三年度)あり山田の方も田約一町一一反余を耕作し、年收約二、三十万円(同年度)あり共に家屋敷を所有する農家で本件結婚式に共に約三万乃至四万円を費消して居る事実及吉雄より花子に結納金一万円を支拂い居る点及同棲生活の期間及双方間に未だ子なき点等を考慮し、慰藉料は金六万円と認めるを相当とし花子及吉雄双方が互いに結婚式に関連して支出した費用の賠償を求める点は慰藉料算出に付参酌すべきも其れ自体を賠償として認容することは出來ない。又吉雄が花子に対し慰藉料を請求するのは到底認容することは出來ない。以上の理由に依つて訴訟費用に付民事訴訟法第九十二條第九十三條を適用して主文の通り判決した次第である。
(裁判官 北野孝一)